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腸内細菌の統計の落とし穴(Natureオンライン版掲載論文)

   現役を引退した後、論文を読んでいて注目を集めていると思えるのが、1)クリスパー/Casを利用したゲノム操作、2)光遺伝学を用いた脳神経操作、3)ガンの免疫、そして4)腸内細菌叢の研究だ。

   ただ、最近になって腸内細菌叢に関する研究がトップジャーナルを賑わすのは減って来たかなという印象だ。 腸内細菌の論文を読んでいて思うのは、何千種もの細菌を把握することで新しいことが理解できるという最初の期待が、簡単ではないという点だ。これに対して、ゴノビオティックと呼ばれる、各細菌のホストへの影響を、無菌マウスを用いて丹念に調べる研究は大きな成果を挙げている。

   即ち、我々の頭の中が、複雑な統計学についていけず、論文の主張を鵜呑みにせざるを得ない状況がひしひしと実感される。

   こんなモヤモヤを代弁する痛快な、しかし統計学を駆使した研究がイスラエル・ワイズマン研究所からNatureに先行発表された。タイトルは、「Environment dominates over hostgenetics in shaping human gut microbiota(人間の腸内細菌叢を決めるのは、遺伝要因より環境要因の方が大きい)」だ。

   この研究は二つの点で面白い。まず、世界に散って独自に発展しつつも、ユダヤ人としてまとまって暮し続けたユダヤ人を対象に選ぶことで、遺伝と環境の影響を研究しやすくした点だ。この研究では、アシュケナージと呼ばれるヨーロッパ系、北アフリカ系、中東系、アジア・アフリカ系(スファラディム)、イエメン系、そしてそれ以外の交雑が進んだユダヤ人1000人超を追跡しているコホート集団が用いられている。

   この対象を独自に調べるのと並行して、これまで発表された腸内細菌叢とゲノムとの関係についての論文を、統計や推計学手法を駆使して計算し直し、結論が正しいかどうかを調べている。

   先ずゲノムと腸内細菌叢との相関を調べている。選んだユダヤ人集団は、期待通りゲノムを指標にクラスタリングできる。しかし、腸内細菌叢を様々な方法で数値化して、色々相関を調べてもほとんど関連を認めることができない。一方、これまで腸内細菌とゲノムに関連があることを調べる論文がいくつか発表されている。

   そこで、著者らはそれぞれの論文の元データを当たって計算し直している。

   中でもこれまで注目をあつめたのは、腸内細菌を双子で研究した論文だが、著者らが様々な観点から統計処理をしても、ほとんど優位の関連が認められないと切って捨てている。どちらの言い分が正しいのか判断するすべはないが、細菌叢のように先ずその状態を表現するのに統計が必要な対象と同じく複雑なゲノム解析を相関させることには細心の注意が必要であることを示した点で、大きな意味がある。

   他にも、これまで相関が特定された255SNPについても論文の元となったデータを洗い直し、論文で指摘されたほとんどのSNPは単独の論文で指摘されただけで、全ての論文で共通に特定できたのは、ビフィズス菌の増殖に関わるラクターゼ遺伝子だけという有様で、それぞれの問題で使われた統計学的手法とその解釈に多くの問題があることを指摘している。

   最後に、血中のLDL,やBMIなど10項目の検査データと、腸内細菌叢検査から計算されるいくつかの指標との相関を調べると、LDLや乳酸の消費、ウェストのサイズなど、強い相関を示す項目が存在すること、更にLDLやウェストサイズを条件として組み入れると、腸内細菌叢の状態を予想する確度が上昇することも示している。

   以上、結論としては腸内細菌叢はラクターゼのような特殊な関係をのぞくと、ほとんど遺伝的違いに影響されることはなく、一方生活習慣を反映すると思われる指標とは相関が見られるという、わかりやすい話になった。実際、ゲノムと相関するという方が耳目を集める論文で、「ほんと?」と思ってしまう。

   この結論は別にして、この論文は統計学や推計学の手法持つ問題点を警告している点でも重要だ。ゲノム研究が進むと、否応無く我々は統計手法に依存していく。これをどう検証していくかも、今後の重要な問題だと思う。

[NPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン(AASJ) 論文ウォッチ 2018年3月4日より転載]

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