小児科と同じく老年科が必要!大内尉義先生(東京大学名誉教授・虎の門病院院長)

小児科と同じく老年科が必要!大内尉義先生(東京大学名誉教授・虎の門病院院長) Dr. 注目

   超高齢社会を目前に控えた今、高齢者の医療や社会的問題などにアプローチする老年学に注目が集まっている。今回は、老年医学のエキスパートで、日本初となる高齢者に特化した診療部を開設した虎の門病院院長の大内尉義先生に、老年学とは何か、高齢者に特化した医療の在り方についてお話を伺いました。(写真:大内尉義先生(右)と編集長 塩谷信幸(左))

塩谷 老年医学は、日本よりも先にドイツやアメリカなどで研究され始めた学問ですが、知らない方も多いと思います。日本ではいつごろから研究されはじめたのか教えていただけますか。

大内 1950(昭和25)年ごろ、東京大学が医学部に老年医学の教室(老年病科)を作ろうとしたのが始まりです。当時、まだ日本の高齢化があまり深刻に考えられていなかった中で、文部省にもその意義がなかなか理解されず、申請が通るのに時間がかかったそうです。
 その後、高齢化が社会問題となるにつれ、老年医学が注目されるようになりましたが、現在、老年病科を設置している大学医学部は約3割に過ぎません。これからはもっと、老年病科を増やして高齢者医療に注力していく必要があると思っています。それから高齢者の問題は医療だけでは解決できませんので、最初から学際的な学問の必要性が認識されていました。これが、老年学(ジェロントロジー)です。あとで、またお話が出てくると思います。

塩谷 老年病科の中で扱う疾患には、臓器別に各診療科専門の医師たちがいますよね。それをひとつの科として考えることに抵抗はなかったのでしょうか?

大内 日本の老年医学は基本的に内科から派生しています。東大老年病科(発足当時は老人科)も循環器、呼吸器などの専門家が集まって作られました。ただ、高齢化が進むにつれて、普通の内科でも高齢の患者さんは増えています。それで実際に高齢者をたくさん診ている内科の先生方からは、高齢者特有の診療科はなんのためにあるのかという疑問は、実は今でもあるんです。

塩谷 それでも、老年病科というのは必要なのですよね。

大内 高齢者に特有の認知症や骨粗しょう症、動脈硬化、肺炎などの疾患は、それだけに焦点を絞って研究しても解決できない問題が多いと思っています。
 疾患をタテ軸に考えた場合、ヨコ軸には高齢者の身体の機能評価やフレイル(虚弱)、薬物療法、終末医療、緩和ケアなども考えていかなくてはなりません。実際の医療では、高齢者は様々な臓器の疾患を持っているため、縦割りの治療は効率が悪いばかりか、本人のためにもなりません。ですから今、必要とされているのは、臓器別に診ている専門科の一段上に立ち、一人の患者さんを総合的に身体の機能評価をして、治療に責任を持てる老年科医という存在です。

幅広い分野の協力で成り立つ老年学

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塩谷 小児科があるのと同じように、老年科が必要だということですね。そういえば、虎の門病院でも昨年、「高齢者総合診療部」を立ち上げられたとか。

大内 はい。これまで医学や医療は、ある疾患の原因を究明し、その原因を治療するという流れで来ており、一人の患者を「個」として診ることに目を向けていなかったと思います。高齢化があまり進んでいなかった時代にはそれでも良かったのかもしれませんが、現在、65歳以上の高齢者は3000万人。近い将来は75歳以上の後期高齢者だけで2200万人にもなります。臓器別に考えてきた医学、医療ではマネジメントできなくなる。そこで、高齢者に焦点を合わせた多角的な考え方が必要です。これが老年学の基本的な概念です。

塩谷 なるほど。日本老年学会がいくつかの学会で構成されている理由はそこにあるのですね。

大内 そうです。日本老年学会は、1959(昭和34)年に発足した当初は、医学会と社会科学会の2つの分科会から構成されていましたが、現在は、基礎老化学、老年精神医学、老年歯科医学、ケアマネージメント学、老年看護学の5学会が加わり、計7学会で構成されています。

塩谷 ヨコ軸を医学の領域だけでなく、もっと幅広く考える必要があるのではないかとも思いますが、いかがですか。

大内 おっしゃる通りです。たとえば、高齢者にとって住みやすい町、家とは何かを考えるときに、高齢者の移動手段の問題など医学の知識だけでなく、さまざまな分野の知見が必要になりますから。

高齢者が気を付けたい「フレイル」

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塩谷 先ほど、「フレイル」という用語が出ましたが、その概念も一般的になりつつありますね。

大内 そうですね。「フレイル」とは英語で「虚弱」を意味するFrailtyに対応する概念で、加齢にともなう機能低下で起こる虚弱の状態を指します。少し前までは、虚弱や老衰に関する研究は、あまり取り上げられてきませんでした。しかし、近年は老化の研究が進んできて、からだ全体に起こる機能低下を科学的に分析し、お年寄りの虚弱を予防できないかという考え方が出てきました。
 日本語にすると「虚弱」ですが、あまりいい表現ではありません。予防も治療もできる現象なのだというイメージを持ってもらうために、2014年5月に日本老年医学会が概念としてフレイルを提唱しました。
 フレイルはメディアに少しずつ取り上げられ、昨年5月の経済財政諮問会議で塩崎大臣が、社会保障分野における改革の具体化について語った中で、「高齢者の虚弱(フレイル)の対策が必要だ」とし、それから急に認知度が高まってきました。

塩谷 提唱してから、わずか2年ですか。

大内 こんなに早く注目があつまったのは、そのくらい切実に困っている方がいらっしゃるということではないかと思っています。

塩谷 フレイルの基準のようなものはありますか?

大内 左に記した5つの項目で判定できますから、目安にしていただければと思います。高齢者に起こるフレイルは、身体的なものだけではなく、精神心理的なものもあります。代表的なのは、認知機能の低下、うつなどです。そのほか、独居、貧困、老老介護などの社会的なフレイルもあります。それらもコントロールできなければ、フレイル全体の治療や予防をしたことにならないと思っています。そういった意味でも、老年学のターゲットになっているわけです。

塩谷 フレイルと脳の働きについては研究されているのでしょうか。

大内 いま、非常にホットなトピックになりつつあります。まだ全様は解明されていませんが、脳の機能とフレイルとの関係は注目されているところです。

塩谷 40代前後から徐々に筋肉が減少する「サルコぺニア」は、原因がはっきりしていないため対処や予防が難しく、筋肉の再生もできないといわれますが、いかがですか。

大内 治療や予防になると、運動と栄養指導や、薬物療法になりますが、慢性炎症がサルコペニアの原因だという考えもあります。その機序が解明されれば、具体的な予防法につながるでしょう。  たんぱく質をとる、運動は単に歩くだけでなく、可能であれば筋トレなど無酸素運動をするほうがサルコペニア予防には有効なのではないかともいわれています。また、男性ホルモンのテストステロンが増えると筋肉が増えて脂肪が減ることがわかっていますから、そういうものを活用する可能性も出てくるでしょう。

加齢と病気の線引きは可能か

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塩谷 先生は老年学の専門家として、「抗加齢医学」や「アンチエイジング」をどう考えていらっしゃいますか。

大内 いろいろ議論のあるところですが、結局は、フレイルのように、早く老化現象が起こってしまう事態を予防、治療して健康長寿社会をつくろうということが目的だと理解しています。そういう意味では、老年医学会とめざすゴールは同じですが、「アンチエイジング」という言葉に反発する人もいます。  私も個人的には、「老化に抗う」という意味のアンチエイジングより、ウェルエイジング、つまりうまく年をとっていくという考え方のほうが自然なのではないかと思っています。

塩谷 言葉の問題は、これまでかなり議論されてきました。もっと、ポジティブな面を打ち出せないかと。

大内 そうですね。「健康長寿達成学」といった感じでしょうか。

塩谷 ところで、加齢による機能低下と病気の線引きは可能なのでしょうか。

大内 生理的な老化と病的な老化をどう区別するかは、老年医学の命題の一つといえます。具体的な例だと、認知機能です。アルツハイマーと加齢によるもの忘れでは、初期はとてもよく似た症状のため、現在はその区別はなかなか難しいのです。  臓器の機能低下も個人差があるので指標がつくりにくく、研究・開発されていますが、なかなか決定打がない状態です。

塩谷 今後の研究が期待されますね。最後に、老年学の立場から、企業へのメッセージをお願いします。

大内 これからは、高齢者に何が必要とされているのかを考えたモノづくりが求められています。
 たとえば掃除機にしても、今の発想はできるだけ軽くしようという方向ですが、むしろ、高齢者にはある程度重いほうが筋トレになって、フレイルの予防につながるので良いという考え方も重要です。そのほか、生命保険でも、どのくらい運動しているかで保険料が変わるなど、高齢者の生活スタイルをもっと反映してはどうかと思っています。
 それぞれの分野で、「高齢者にとって、価値があるものは何か」を考えていただけたら、高齢者のQOL向上に役立つはずです。

医師・専門家が監修「Aging Style」

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